父が逝きました

10月10日に父が逝きました。10月8日に79歳になったばかりでした。


3年ほど前、糖尿病で入院。これまでの私の研究が高齢者の機能低下だったのでこの時はひょっとしたらあと5年ぐらいかな、と考えていました。しかしその後も東大病院で研究を続けていました。6月下旬脳梗塞のため再入院しました。
私もよる付き添いましたが、このときの父は壮絶で、せん妄状態(意識レベルが低下し徘徊やあらぬことを口ずさむような状態)の中、もくもくとピペッティング動作を繰り返していました。

2ヶ月入院しリハ病院に転院になったところで膵臓癌が見つかり、すでに肝臓にも転移していました。
この時点で統計的には1年生存率が10%ありません。あと数ヶ月か、と思いました。母が9月中旬にがんばって家に連れて帰りました。
その後少しずつ言語能力が低下した様子でした。そして2週間後の10月5日夕方脳梗塞の再発がありました。
脳外の病院に運ばれましたが吐血もあったため稲毛の別の病院に転院。アルブミン等の点滴を受けたらしいです(父の専門である輸血学的には、これは不適切利用にあたります)。私がかけつけた翌日朝には下顎呼吸で、あと数時間か数日という感じでした。そこで、弟二人と母に、どうせなら、家で看取ろうよ、と提案して6日午後家に連れて帰りました。

それからは、親戚や孫やらお弟子さんやらが次々と見舞いに来てくださいました。ベッドで寝ている父に対して、もう点滴もせず、吐血のために鼻から入っていたチューブも抜き、呼吸を楽にする為のエアウエイだけにしました。乾いて苦しいかも、と考えながら氷を口に入れてあげたり、唇を家族が順に湿らせました。
夜父の傍に寝ていると呼吸音がしっかり聞こえていて、ほっとするという繰り返しでした。
8日は父の79回目の誕生日で、父の傍でハッピーバースデーをうたって孫たちが代わりにろうそくを吹き消しました。
それから2日後の朝4時過ぎに父の呼吸はとまりました。

お父さんありがとう

以下の文章は九大検査部(父のかっての職場)がまとめてくださった、父の業績を若干書き直したものです。お墓よりも何よりも、父の思いでと、人類に残した父の業績こそが父のモニュメントだと思います。

Blumbergにより発見されたオーストラリア抗原が輸血後肝炎と関係あることを世界で始めて明らかにした。父によるこの臨床疫学的研究は、以後のB型肝炎ウイルス撲滅作戦にいたるまでの世界中で繰り広げられる基礎的、臨床的研究の突破口を切り開くもので、この業績に対して野口英世を記念した野口賞、フランス政府よりパルムアカデミック勲章、朝日賞などの賞が授与されている。Blumbergは、ノーベル賞を受賞しこの時の記念講演の内容は一流科学雑誌のScienceに掲載されているが、その中で父のおかげで自分の研究がノーベル賞につながったことを繰り返し強調している。
HTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス)が輸血により感染することを世界で初めて発見し、世界中の献血者スクリーニングが開始されることとなった。
功績概要:
1. オーストラリア抗原と輸血後肝炎に関する研究
① 1968年日本人の患者血中にオーストラリア抗原が存在することを証明し、1970年世界で初めてオーストラリア抗原が輸血後肝炎と関係があることを発見した。
② 従来は、オーストラリア抗原は白血病患者に現れるとされてきたが、この研究成果で世界の学者が輸血後肝炎との関係に注目することとなった。
③ その成果は、肝炎ウイルスの中でも最も感染力の強いB型肝炎ウイルスの発見につながり、B型肝炎ウイルスによる肝炎、肝硬変、肝臓癌の治療、ワクチン研究まで一気に進むこととなり、現在のB型肝炎ウイルス撲滅作戦の端緒となった。
2. HTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス)と輸血感染に関する研究
① 1984年HTLV-1(成人T細胞白血病ウイルス)が輸血により感染することを世界で初めて発見した。
② 従来は、輸血によりHTLV-1の感染が起こることは知られていなかった。父の研究により、HTLV-1抗体陽性の赤血球製剤、血小板製剤では感染を起こすが、血漿製剤では感染を起こさないことが明らかになった。
その成果は、輸血とHAM/TSP(HTLV-1関連脊髄症)の関連が明らかにされることにつながり、輸血によるHTLV-1感染の重要性が世界中に認識されることとなった。米国FDAは父にヒヤリングを行い、わが国のみならず世界中で献血者のHTLV-1抗体スクリーニングが開始される切っ掛けとなった。
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by giro1965 | 2007-10-10 04:20 | 父の事